interview

春風亭与いち

vol.1 第一回【前編】その1

映画よりもずっと身近にあった"落語"に魅了され、そのまま、まっすぐに噺家への道を選択!

2021年3月に二ツ目に昇進を果たした春風亭与いちさん。二ツ目になったばかりだというのに、先日初めて行われた初の勉強会は満員御礼、大盛況のうちに終了。軽妙な語り口や、高座の間にふと見せる仕草、そして観客をたっぷり沸かせるマクラを見ていると、インタビュー中に与いちさんが「大好き!」と何度も口にした師匠・春風亭一之輔さんの雰囲気を色濃く受け継いでいるのが分かります。
そんな与いちさんを紐解くべく、【寅の子会】開催前にインタビューを行いました。

春風亭与いちインタビュー写真

【噺家になる】
覚悟を決めたのは中学三年生のとき。
多くの落語を聴く中で、運命的に一之輔と出合う。

予定時間より、少し早めに到着された与いちさん。涼し気な着物にお着替えされて、インタビュースペースに登場です!

――まずは、噺家になろうと思ったきっかけを教えてください。高校一年生で春風亭一之輔師匠のところへ入門志願に行かれたと伺っています。

与いち:はい、高校一年生のときですね。うちの父が落語をとても好きだったんです。 私は仙台市の生まれで、実家は飲食店をやっています。いくつかある店舗の中で3.11の東日本大震災がきっかけでなくなってしまったものがあるのですが、そこでは父が席亭となって二ツ目の方を呼んで落語会を開いていたんです。
そこに現在の古今亭文菊師匠がいらっしゃってたりしていて。当時私は小学校3年生ぐらいでしたが、文菊師匠の鞄持ちをやった記憶があります(笑)。 思い返せば、一番身近な芸能が落語だったんです。映画館に映画を観に行く感覚で落語を聴いていましたから。

春風亭与いちインタビュー写真

――仙台に住みながら、小学生のうちから生の落語に触れられるのは稀ですよね。でも単純に好きなのと、職業として【噺家】を選ばれるのとではかなり違うのではないかと思います。

与いち:確か高校受験がきっかけだと思うので中学三年生の頃だと記憶していますが、その頃って将来の職業に関しても悩みを持つ時期じゃないですか。その時に父と相談をして、父に促されたというのもありますね、若干(笑)。明確に「噺家になれ」と言われたわけではありませんが、人前で話すのが好きだったし、噺家になりたいと漠然と思っていました。

――一之輔師匠のところに入門したいと思われた理由は?

与いち:「噺家になる」と決めてからはいろんな師匠方の噺を聴きました。そこで一之輔(師匠)の落語に出合ったんです。衝撃でしたね。クスクス笑うとかじゃなくて、腹の底から笑ったのが初めての経験で。なので、弟子入りするならうちの師匠以外考えられなかったです。

思い出深い“大しくじり”は、師匠に言った 「師匠の帯を貸してください!」の一言

与いちさんが一之輔師匠の落語に初めて触れたのは“DVD”だったそうです。演目は『明烏』。

――ナマで聴いたわけではなかったのに、衝撃を受けたんですね。

与いち:音源やDVDには客席の笑いも収録されているじゃないですか。その大きさや回数を聴きながら、その場にいたらどんな感じなんだろうか、と想像しながら観ていました。最近は師匠、高座であんまり『明烏』かけないですけど……。飽きちゃったのかな(笑)。

――晴れて一之輔師匠のところに入門が決まり、見習いを経て前座に。前座時代の一番の“しくじり話”を教えてください!

与いち:しくじったことはたくさんありますが(笑)、大きなしくじりは入門して最初のほうにするんですよね、大体。段々“掴んで”くるので、しくじらなくなるんです。入門してすぐの頃だったと思いますが、ひとつ強烈に印象に残っているエピソードがあります。

春風亭与いちインタビュー写真

――それを、ぜひ!

与いち:噺を習うときは、師匠にまず教えてもらい、それを自分で稽古を繰り返し、最後“アゲ”の稽古に師匠の自宅に伺うというプロセスを踏みます。そのときは着物を着るわけではなく、稽古着の浴衣を着て行うんですが、最初の頃でしたから多分かなり緊張していたんだと思うんですよね……。浴衣だけ持ってきて帯を忘れてしまったんです。正直に「帯を忘れました」と師匠に伝えたら、「何やってるんだ!」と小言を言われました。当たり前ですよね。そこできちんと「取りに帰らせてください!」と言えばよかったんですが……。

――与いちさんは何とおっしゃったんですか?

与いち:「帯を貸してください」と……。師匠もまさか「貸してくれ」と言われると思ってなかったので、「おお、そうか」と言って自分の帯を取りに行ってくれたんです。でも、途中で気が付いたんです。「これはおかしい!」と(笑)。箪笥を開けながら帯を吟味している段階で急に怒り出して、「何で俺が帯を選んでやんなきゃならないんだ!」って言いながら、でも一応帯は手に持っているんですけど(笑)、それを投げつけながらすごい怒り出しました。「何で俺がお前に帯を貸さなきゃならないんだ!別にこれ使ってもいいけど、取りに戻れっ!」って訳の分からないことを言い出して(笑)。私も「分かりました!すみません」と言ったのですが、そこからどうしたかはまったく記憶にありません。

――一之輔師匠の姿が目に浮かぶようです(笑)。

与いち:あれは本当にカオスでした(笑)。師匠も何だか分からないことで怒ってるし、私もよく分からない状態で怒られてて。いや、私がきちんと理解していなくてはならないんですが。でも、自分の帯を取って戻ってきたら、ちゃんと冷たい麦茶を用意して待っててくれて……。「これ、飲め」って。めちゃくちゃ優しいなって思いました(笑)。

  • photo by SHITOMICHI
  • interview and text by MIHO MAEDA

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