interview

春風亭朝枝

vol.10 第四回【後編

36歳の成熟感と色香を匂い立たせつつも、“年寄り領域”への到達をひたすらに願う朝枝さんは唯一無二の、稀有な存在

この4月で36歳のお誕生日を迎える朝枝さん。最初にお会いしたときは“超”がつく人見知りを発揮されて、どの角度からインタビューをしていこうかと思案したものでしたが、会を重ね、撮影&インタビューを重ねるうちに高座での姿とはまた違った魅力を見せてくださるようになりました。しっとりとしたオトナの雰囲気を漂わせつつ、堅苦しさのない場所では見事なツッコミキャラの一面も見せる朝枝さん。まだまだ多くの引き出しを持っているのでは、と思いつつ、インタビュースタートです。

春風亭朝枝インタビュー写真

開演前に皆さんがおしゃべりされている、あの楽しげな雰囲気が好きなんです。――朝枝

与いちさんにも伺いましたが、今回は生誕祭でもありながら、新しい場所でスタートする初めての【寅の子会】。いらっしゃるお客様の数もグンと増えるので、期待と不安が入り混じるのでは……と思い、そのあたりを伺いました。

――今度から場所が変わりますが、それはどうですか?

朝枝:楽しみですよ、本当に。初めての場所は特に楽しみなんです。

――会場に対する期待感ってあるんですか?

朝枝:会場に対する期待感ですか……。確かにその場所や会場が持つ力というのは、おっしゃる通り存在していると思います。そしてさらにその空間の中でも、一番居心地のいい状態になっているかいないか、そういうのを考える必要はありますね。

――なるほど。では、澤田写真館での、朝枝さんの“場”のつくり方と伝統文化交流館での“場”のつくり方は違ってくるということですね。

朝枝:多分、おそらく違うと思います。寄席でもホール落語でも、お客さんとの距離感も変わってくるじゃないですか。だから、伝統文化交流館ではそこに合った見せ方があると思いますね。挑戦するのがとても楽しみです。

――澤田写真館のアットホームな感じはこちらの伝統文化交流館に変わっても、変えたくないんです。誰が来てもいいし、落語を知らなくてもいいんだよ、大丈夫だよって常にオープンマインドな気持ちで会を進行していきたいですね。

朝枝:澤田写真館などでもそうなんですけど、開演前にお客様同士で色々おしゃべりされているでしょ? 今は感染症のこともあって大声で話すのは控えていらっしゃると思いますが、あの雰囲気がいいなぁと思うんです。客席も温まってくるし。

――朝枝さんの独演会などは、もっと落語ファン!という感じの方が多いですもんね。ひとりでいらしている方も多いと思うし。

朝枝:うん、確かにそれはありますね。でも、気楽に喋ってくださったり、楽しげな雰囲気が出来上がっていたら、そこに行って高座に上がれば、もう!何も心配することはないですから。そして、お客様にはあの伝統文化交流館の歴史や雰囲気をたっぷり堪能してもらうのが一番いいですよね。

春風亭朝枝インタビュー写真

――本当にそうですね。一般開放もしている施設で、しかも文化財でもあるわけです。とはいえ、なかなか中まで入ってじっくりゆっくり見るチャンスはそうそうないので、落語だけでなく、建物も一緒に隅々まで見てほしいですね。

朝枝:私も今日は隅から隅までチェックしましたもん(笑)。さすがにお客様は舞台には上がれないと思いますが、窓ガラスや階段の風情とか本当に素敵ですし、あとは外から見た建物全体の雰囲気とか、そういうものをまるっとひっくるめて楽しんでいただければ。

――与いちさんにも伺ったのですが、2年目を迎えたときに思っていたこと、そして3年目を迎えて、改めてこんなことを思っているというのを教えていただきたく。自分の中で、改めて目標を設定しなおしているなど、そういうのはありますか?

朝枝:感染症がずっと付きまとっていましたからね、本当に。だから、ずっと都内のお客様に向けて、ネタを仕込んで噺を覚えてきたような傾向があるんです。

――本来なら、もっと地方を回るんでしたっけ?

朝枝:二ツ目に昇進したら本来1年くらいは仕事はないよと、それは当たり前のように言われるんですけど、そのあとに東京以外のいろんなところの落語会からお声をかけていただいて回ったりというのがあるんです。先輩方を見ていて、ああ、旅のお仕事に行っているな、というのがあったんですが、私は二ツ目に昇進したのが2020年2月という感染症爆発が起こる直前でしたから、もうお披露目中に自粛するかしないかみたいな状況だったんです。それが明けてからも感染拡大の防止ということで地方の落語会はほとんどなくなってしまい……。

――そうですね。東京でもかなり中止になりましたから。それでも少しずつ再開してきたとは思いますが、やはり東京がメインでしたよね?

朝枝:そうなんです。だから、本来であれば地方の落語会でかけると喜んでいただける噺というのがあるんですけど、そういうのは一切覚えずに、東京のお客様に楽しんでいただける噺を覚えるという傾向があったと思います。

春風亭朝枝インタビュー写真

ひたすら健康に気をつけながら、早く“ジジイ”になることを切望する朝枝さん!

――普通だったら、どんな噺を覚えるんですか?

朝枝:私が持っている噺で言うと、たとえば『茶の湯』『井戸の茶碗』とか『幇間腹』とか、そういう感じですかね。このくらいの時期はどこに持って行っても大丈夫な噺を、本来増やすべきなんですが。

――でも、実際に覚えていったのは……。

朝枝:『蔵前駕籠』や『提灯屋』、『紫檀楼古木』とか……。あんまり地方では掛からない噺ばかり覚えてしまいましたね。

――コロナ禍で、寄席や落語会に来るお客様を飽きさせない工夫ですよね。

朝枝:コロナ禍で昇進した二ツ目はみんなそういう傾向にあるかもしれませんね。本来は、ポピュラーなザ・落語!みたいな噺を覚えていくんですけどね……。たとえば、そうだなぁ。『時そば』とか? 私、持ってないんです、『時そば』(笑)。

――え? 意外。いや、意外じゃないですけど、持ってないのはびっくりしました(笑)。

朝枝:落語家としてあるまじきスタンスですね。それよりも『紫檀楼古木』!でした。

――あー。そういえば、思い出しました。一之輔師匠の独演会の前方で朝枝さんが出演されてたときのことを。朝枝さん、『紫檀楼古木』をかけられたんですよね。そしたら、そのあとに出てこられた一之輔師匠が「俺の落語会の前方に出てきて、『紫檀楼古木』やるヤツなんて普通いねーよ!」って(笑)。笑っちゃいました。

朝枝:そうそう! 一之輔師匠が「こういうときは、ご機嫌な噺をやるんだよ。なんだよ、ジジイみたいな噺をかけやがって!」って言ってましたね。コロナの影響です(笑)。

――でも、朝枝さんの好みですよね?

朝枝:好みです。でも『時そば』も覚えようと思ってます! あと『ちりとてちん』とか『酢豆腐』とか。

春風亭朝枝インタビュー写真

――この際なので私の個人的な好みを伝えちゃおうかな……(笑)。『加賀の千代』とか、朝枝さんに似合いそうな気がするんです。もちろん、ほかにもニンに合っている噺はたくさんあると思うんですが、ご陽気でご機嫌で丁々発止のやり取りが楽しい噺だと『加賀の千代』が思い浮かぶんですが……(笑)

朝枝:いいですねぇ。いい噺です。覚えたいですね。じゃ、それいきますか!

――そのときはぜひ一之輔師匠に習ってください(笑)。

朝枝:教えていただけるかはまた別の話ですからね。オマエには教えない!って言われるかもしれませんよ。

――まだコロナの影響は続いていくかもしれませんが、少しずつ地方でのお仕事も増えていますよね。4月には大阪の吉田食堂さん、6月には名古屋のMUGEプランニングさん主催での独演会が控えていますね。追っかけられなくなっちゃいますね……(笑)

朝枝:もうひとつ地方が決まったんですよ。本当におかげさまでありがとうございます。ぜひ地方にも来てくださいよ(笑)。えーっと、あれ、もう私36歳になったんでしたっけ? あれ? まだ? 勘定が上手くできなくて……(笑)。

――このインタビューをしている時点では、まだですね(笑)。先日お会いしたときに「中学の頃から落語に出会っていればよかった」とおっしゃっていましたが、そういう思いなんですか。

朝枝:そうですね。元気なうちにいっぱい噺を覚えたいですから。いま、すごくハッピーなので、もっと早く出会えればよかったかもとも思いますが、回り道したからこそ、ここに辿り着いたというのもあるので、何とも言えないですね。

――36歳の抱負はなんですか?

朝枝:健康、ですかね。ヒザからちょっと来てますからね、すでに。そこから、腰に来て、肩と……。私、ものすごい猫背でしょう? 姿勢が悪いのは遺伝のようなんですが……。

――お誕生日プレゼントは健康器具ですかね(笑)。

朝枝:いやいや(笑)。でも健康に気を付けて長生きして。そのくらいになったら、杖をついた私と与いちの写真を資人導さんに撮影していただきたいですね(笑)。

――いいですね! 若かりし頃の朝枝さんと与いちさん、しかもサイン入りなんて、超レアなお宝になりそうです(笑)。

朝枝:そのときは、ジジイになった私と与いちの写真セットにして売れますかね。早くジジイになれるように頑張りますね!

当日の会場でなければ聴けない「裏話」もたくさん話してくださりそうで、とても楽しみ! もしかしたら、さらに次に予定されている【寅の子会】のことについても、少しだけ話してくださるかも……? 朝枝さんが“会場のお客様”を感じて、かけてくださるお噺にぜひ注目してください!

  • photo by SHITOMICHI
  • interview and text by MIHO MAEDA

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